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フォーラムレポート

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英語教育東京フォーラム(2012.2.29)

大学受験シーズンに 赤尾好夫さんを思う
                                        
    大 釜 茂 璋
 入試シーズンも峠を越した。この冬は雪が多い上に、格段に寒い日がつづいた。少子化を反映してこの頃は、大学全入などという声も聞かれるが、それでも志望校によってはまだまだ高い倍率を示し果敢に挑戦している人は多い。

 私たちの世代が大学を受験した頃といえば、遥か半世紀は昔の話ではある。受験生数は今よりもずっと少なかったが、受け入れる大学側がまだそれほど整っていない時代だったことから入試倍率は、大学と名がつけばどこも熾烈をきわめた。"4当6落"あるいは"3当7落"などという受験社会独特の言葉すら現われた。要は睡眠時間を一日4時間以内に絞って勉強している人は合格するが、6時間も眠っていては失敗するという意味だが、文字通りまことしやかに言われたものだ。

 大都会はどうだったか知らないが、私が高校時代を過ごした東北の片田舎は、そこが秋田市という県都ではあっても、塾や予備校といった類のものはなかった。だから進学を目指す人はただがむしゃらに、「赤尾の豆単」などを片手に、一字一句赤線を引きながらひたすら暗記に励んだものだ。現在のように、合理的学習法などという言葉すらなく、勉強とはそういうものだと信じて疑わない、純粋を二乗したような高校生時代を送ったものだ。それが苦しかったか懐かしかったかは、人それぞれに違うことではあるが。

 旺文社を創設した赤尾好夫さんはこのような時代、当に「受験生の慈父」として慕われた人である。今でも書店の棚で見かけるが「蛍雪時代」を創刊し、受験参考書のバイブルとまで言われた「研究シリーズ」や「傾向と対策シリーズ」などとがっぷり組み合って、4当6落の中で格闘をした人も多い。高石友也がギターを掻きむしりながら歌っていた「受験生ブルース」も、当時の世情の一面を捉えて、今では懐かしい。

 赤尾好夫さんは理想主義者であり人情家だった。経済的に恵まれた境遇の人よりも、どちらかと言えば一人こつこつと勉強をする人の応援団でもあった。わが国初めての受験講座をラジオ電波に乗せたのもそうだ。都会の子は予備校に通って受験勉強をしている。しかしそれでは、予備校のない地方の高校生との間で学習環境の格差ができる。その点ラジオの電波は全国どこへでも飛んでいく。受験講座をラジオで放送したのは当時としては画期的だったが、まさに「予備校に通えない人のために」という赤尾さんの浪花節的な人情が踏み切らせた企画だった。そしてこれはわが国の大学進学率を急激に高め、高等教育履修者を大幅に増やす一大要因になったのである。

 赤尾さんは受験で合格できなかった人、何かで失敗して落胆している特に若者を慰めそして励ます名人でもあった。自著「若人におくることば」(旺文社文庫)の中に、『捲土重来』というエッセィがある。

 エッセィの初めの部分で赤尾さんは、将棋の木村名人に心ひかれると書いている。それは木村名人が、終戦後二年連続で名人位をすべり落ちたときの態度に強く感じるところがあったからと言う。自分の子どものような年の違う相手との年齢のハンデ、変更された持ち時間の短縮、その他の不利な条件の中で臥薪嘗胆した。そして新しい将棋を徹底的に研究して勝利し、堂々と名人位を取り返している。

『人間は機に乗じているときは立派に見えるものだ。一流の学校に合格すれば、たいてい秀才にみえる。しかしついてないときは、人間の欠点だけが目立つ。貧すれば鈍する。尾花打ち枯らした姿は愚鈍の象徴でもある。』

 そして赤尾さんは書く。
『人間の価値というものは不幸のときに最も良くわかるものである。幸福なときにりっぱなのは当然である。敗北したとき、大病になったとき、大きな過失を犯したとき、こうしたときに本当に自力のある人、信念のある人、勇気のある人は更に鼓して捲土重来するものである。有名な近代兵術家のクラウゼビッツが言っている。「敗走した兵を集めて再び勇気を鼓舞し、進撃できる指揮官こそ真の名将である」と。』

『不幸にして入試に敗れて苦悩している人がいるかも知れない。就職試験に失敗して落胆している人もいるであろう。学資の問題でいろいろ悩んでいる人がいるかもしれない。人間には苦労はつきものである。自己の置かれた不幸の中において、いかに人生と戦うかが諸君の価値を決定するのである。いっさいの障害を排除して断固突き進むべきである』

 まさに捲土重来、赤尾さんのこの励ましを受けて奮い立った若者は幾ばくぞ。負けることは恥ではない。それは奮い立って勝利を手にする日のためのエネルギーなのだ。よしやエエネルギーにするか、尾花打ち枯らしてしょぼくれているか。それはキミ自身の問題だ。
頑張れと。赤尾さんはこう言っては挫折した若者を励ました。今思い出しても胸が熱くなる。
(おおかましげあき NPO法人教育情報プロジェクト代表・旺文社を経て英検専務理事)

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