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フォーラムレポート

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英語教育東京フォーラム(2010.4.16)

今、高等教育の課題
                 大 釜 茂 璋



 その人の名前を聞いて、懐かしいと思う方が多いかも知れない。

 教育出版社で知られる旺文社を創立した赤尾好夫さんのことである。赤尾さんは青少年を対象にした出版や放送など教育事業の経営者として知られ、また優れたエッセイストでもあった。そして将来の日本を担う若い世代の教育には、格別の情熱を注いだ人だった。

 赤尾さんの著書に「若人におくることば」がある。「蛍雪時代」など戦後の社会を風靡した大学受験雑誌の巻頭言などを通しては若者に語りかけ、広く社会への提言を一冊にしたエッセイ集である。

 そのエッセイ集の中に、「大学の差」という一章がある。昭和29年6月に書かれたものだ。年々激しさを加えていた大学入試も終わったところで、その春の受験を回顧している。その年の大学入試の著しい傾向の一つに、いわゆる旧帝大など一流大学に受験生が集まる傾向が顕著になり、ある県ではこれが大きな問題になっているという。

 地元に大学があるというのに地元学徒に何らの恩恵もなく、他県からの受験生がどんどん入ってきてしまったのでは地元に大学がある意味をなさない、これを何とかして欲しいと、地元関係者は当時の文部省に陳情をしているというのだ。

 これは新制大学が生まれる時から十分に懸念されたことだと、赤尾さんは書く。過日、赤尾さんが文部省の大学課長とラジオで対談したときに、この傾向を憂いた課長は「どうか大学の内容をよく学生に知らせて、広く多くの大学に分散するようにしてください」と言われた。旺文社の出版物や関係する放送などを通して徹底して欲しいということだったろう。そこで私(赤尾さん)は笑いながら、「大学の内容をよく知ったら、益々この傾向が強くなるのではないでしょうか」と答えたという。そして赤尾さんは書いている。

 『この傾向が良いか悪いかはわからない。だが敗戦という未曾有の事実に出会い、しかも戦勝国の進駐という特殊事情のもとにおいて、過去数十年間かかって築かれたな学校制度というものが、きわめて短期間の検討で根本的に変えられてしまった。

 大学の制度ははたしてこのままで良いかどうか。学生はいよいよ大学の実質的内容を知るようになった今日、このままで一部の大学に密集する傾向を是正しようとしても、はたして可能であろうか。どうも、もう一度検討されるところにきたような気もするのだが』と結んでいる。

 昭和29年のエッセイといえば、今から半世紀前の提言になる。脈々と流れたこの50年間の中で、大学教育はどう変わってきているか。経済不況が続く今年は、地元受験の傾向が顕著に見られたとマスコミは報じている。これは赤尾さんの理念とは随分かけ離れたものである。

 たしかにこの半世紀、大学の数は大いに増えてはいる。しかし景気が悪いから地元の大学に進学するという理由からは、どうしても「この大学のこの学部・この学科で学びたい」といった、学問に対する燃えるような若者の情熱を感じ取ることはできないのだ。受け入れる大学側にその理念と行動に欠けるものがある。まして不景気で高卒者の就職状況が悪いから、取りあえずは進学でもしておこうという高校生が増えているというマスコミ報道には耳を疑ったものだ。

 もう一度言う。大学のあり方を見直す必要があると赤尾さんが書いたのは50年前のことである。50年という時空を超えて大学の存在はどう変わったか。理想主義者でもあった赤尾さんの純粋な気持ちが、今になっても同じ状況の中で論じられるところに、この国の高等教育に課せられた問題点がある。

(おおかま しげあき NPO法人教育情報プロジェクト代表)

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