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フォーラムレポート

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英語教育東京フォーラム(2012.7.26)

いじめ発生の校内風土を考える
                     大 釜 茂 璋

 大津市の中2生いじめ問題など、学校での陰湿な事件が各地で発生し、譬えこのような問題がないという学校であっても現場教師たちの悩みは深いものがあります。

 しかし中学生の年頃は、仲間意識が強く、それとともに仲間以外の者は排除しようという傾向があります。良きにつけ悪しきにつけ、同じ価値観を持つ年頃の子がグループを作って行動をとると、それは決して良い行いだけをするとは限りません。それは何時の時代でもあることで、もう半世紀も前になってしまった私の中学生時代にもあったし、江戸時代の寺子屋でも子ども同士のイジメ事件などは、藤澤周平の小説にも出てくる、きわめて古典的な問題ではあります。

 そんなに昔からあった学びの場での子ども同士のいじめ問題が、この習熟した近代社会になってもなくならないのは何故でしょうか。

 こういう事件が発生すると、まず槍玉にあがるのが学校経営者としての校長先生であり教頭先生です。しかしよく事情を聞いてみれば、同じいじめとは言っても、その原因はいろいろ多義にわたっていることに気づきます。その原因は画一的なものではなく、次代の変遷とともにいろいろ変わってきているのです。

 いじめの内容も昔のように、ぶったり蹴ったりするだけでなく、携帯やPC、あるいはnet投稿など、痛い痒いの問題だけではない精神的な痛めつけで、精神に異常を来たし、やがて自殺にまで追い込むような、極めて陰湿ないじめ方を考え出し、実行するようになったのです。

 このような複雑な経路のいじめ問題の解決は、一つの学校で、あるいは一つの教育委員会の何人かのスタッフで考えていたのでは、とてもラチが開かないのではないかと思うのです。

 新聞によると大津市では、外部有識者によって構成される調査委員会をつくり、学校や市教育委員会が行った調査の再調査をすることになったといいます。学校外の力、知識、知恵を積極的に利用し活用しようと踏み切りました。要は、これまでの調査結果はまったく信用されていないということでしょう。

 これはどの学校でもというわけではありませんが、学校というところは外部との接触を極力避けた唯我独尊的な考えを持つ傾向が強いように思われてなりません。往々にして、教育は専門的なものだから素人は口を出すなといった態度や行動の目立つことがよくあるのです。

 たしかに教育は専門的な分野であることは間違いありませんが、またその一方では社会としっかりのつながり合い、そして優秀な社会人を世に送り出す使命を持っていることを忘れてはならないと思うのです。

 もしかしたら自分たちは教育のプロであり、学校外の人間は教育の素人と決め付けてしまっていることはないでしょうか。だから外部の声を聞こうという姿勢が乏しいのではないかと思うのです。むしろ積極的に学校外の人の体験や言動、判断に耳を傾ける姿勢こそが大事ではないかと思います。

 前にも書いたことがありましたが、私たちが企画した、例えば今回の英語指導法研修会でも、「教育の邪魔になるものは送るな」「Fax拒否!」「教育を宣伝に使うのは止めろ!」と言った汚い文章と乱雑な文字で送り返してきた学校が数校ありました。

■送り返された研修会のFax通信
これらの学校には、外部の声にも耳を傾けようという謙虚な気持ちが欲しいと、まず思ったことでした。教育現場に役立つ情報と、校長先生や教頭先生が、自分の立場から役立つ情報とを混同してはならないと思ったものです。この学校の英語の先生は、他の学校の英語教師が大勢参加して勉強する太田洋先生や金谷憲先生の研修の開催されることすら知る方法はないわけです。

 邪魔などと思いあがりの、あるいは独りよがりの考えが、いじめ問題を作り出す原因の一つに結びつくことがあるのではないか、と考えたことはあるものでしょうか。

 学校内のいじめ問題は教育のプロを豪語して、限られた狭い範囲内で解決しようとしても、現状では無理であることははっきりしています。一人でも多くの人の考えや声に耳を傾け、それらの力の結集で対処することがいじめ問題解決の一方策ではないでしょうか。

(おおかま しげあき NPO法人教育情報プロジェクト代表)

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